レポート一覧

旭山動物園実習報告
酪農大学6年 佐藤梓
 
2005年3月

 6年生、学生最後の夏休みをずっと実習したいと思っていた旭山動物園で獣医実習をさせていただいた。8月末の9日間、 終わってしまえばあっという間だったが、実習中の1日1日は非常に内容が濃く長く感じた。

  旭山動物園は日本最北端の動物園だ。8月、9月は新聞でも取り上げられている通り上野動物園を抜いて入園者数は全国1。実習もたくさんのお客さんでにぎわいを見せていた。動物園の現場の獣医師はご存知の方も多いはず、福井大祐獣医だ。実習では動物の飼育、採血、保定、給餌、投薬、手術、剖検、各種検査 … などなどたくさんのことを経験させてもらった。獣医6年といえど、技術なんて無いに等しいとわかっていたが、今回改めて身に染みた。実習の中で 1 番苦労したのが、採血である。福井さんがやるとスズメのような小鳥であっても簡単に翼下静脈から採血できるのだが、私が教わってやってもなかなかうまくいかなかった。私が成功したのは保護されたアカゲラと治療のために麻酔をしたラクダだけだったが、とても貴重な経験になった。また 保護された鳥類はこうして実習生の教育としても大事に活用される。
  他にもたくさん動物の保定も経験した。保定が治療の成功の 9 割といわれ、動物の安全、人の安全を考えた保定法を教えてもらった。鳥の強制給餌も投薬も保定や器具の使い方などちょっとのコツで、とてもやり易くなる。 s1
  福井さんの獣医としての前向きな姿勢からはたくさんのことを学んだ。とにかく生かすための最大限の努力をすること、これは獣医としては当たり前のことかもしれないが、野生動物は獣医学的な情報や適切な医療器具が少ない、そういった中で勉強をし、工夫をし、動物を生かすため、もちろん QOL も考慮して診断・治療を行う。特に動物園で飼育されている動物は長生きをする。高齢化に伴う疾病にもできる限りの手を尽くしていかなければならない。手術も積極的に行っていた。私が経験したうちの一つはアライグマの乳腺腫瘍摘出術だ。大きくなった腫瘍は切除した方が QOL の向上につながる。高齢ではあったが、術前評価をした上で手術適応例と判断し手術を行った。 s2
  ラクダの麻酔にも立ち会えた。吹き矢の扱いは動物園獣医師ならではの重要なテクニックだ。手製の吹き矢用の注射器を筒に入れ、タイミングを見計らってよい位置に麻酔を打ち込む。麻酔中ラクダの体を観察した、今までラクダの足の裏までじっくり見る機会が無かったので、砂漠に適応したラクダの体に感動した。
  死亡した動物の剖検も行った。主に保護で運ばれた鳥類である。野鳥ではたまに腸管内にたくさんの条虫が見られた。私が所属しているゼミが寄生虫なので興味があって学校に持ち帰り同定を行ったところ、 Hymenoleps sp. という鳥ではよくみられる条虫であった。特に鳥に悪影響はなさそうだ。
  実習は朝から夜の遅くまでさせてもらった。夜は主に糞便検査や血液検査、剖検時の所見書きを行った。旭山動物園では動物の血液や糞便を‐ 80 ℃で凍結保存している。これは将来貴重な野生動物のサンプルを何らかの研究で生かしていくためである。 s3
 獣医の役割は他にもたくさんある。 ” 伝えること ” 福井さんはそれをとても大事にしていた。園内には動物園獣医師の仕事を紹介する手作りのパネルが設置されている。そして様々な学会やセミナーなどに参加し自分の仕事や研究を報告している。実習中もいつも私より残業し学会の準備をされていた。
  福井さんが休みの日は飼育実習をさせてもらった。旭山動物園では飼育係を飼育展示係と呼び、飼育だけではなく展示にも力を注いでいる。一つは手作りのパネルがある、手書きで温かさが伝わる動物紹介である。二つ目にはもぐもぐタイムがある。動物たちの採餌行動を見せながら、お客さんにその動物の特徴や生態などを解説する旭山動物園の目玉だ。飼育実習をしながら、動物をみせること、動物s4のすごさを伝えることを学んだ。サル山では掃除や給餌のほかに担当の方と一緒にサルの行動、特徴を観察し、いかにお客さんにサルの行動を見せるかを考えた。ヤナギの木を切りに行き、サル山の中に立てたり、つるしたりしてサルが活発に動きを見せるような工夫をした。オオタカの飛行訓練も見せてもらった。鷹匠の技術を利用してオオタカを飛ばす、やはり間近に見る猛禽類の飛ぶ姿は檻越しの鳥たちよりも感動する。今後お客さんにも見てもらえるようにするそうだ。
  今までも他の動物園で実習をさせてもらっていたが、旭山動物園での実習はさらに多くのことを学べた。動物園にたくさんの可能性を感じることができた。動物園を通して伝えていけることはたくさんあるそのことを実感した。今回の実習を通して、動物園獣医の役割、伝えることの大切さ、そして何より動物園の楽しさを深く知ることができた。
  最後に旭山動物園の方々、特に熱心に御指導いただいた福井大祐獣医師に心から感謝いたします。

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NPOが小さな学校~行徳野鳥観察会舎友の会での1年間~
東京農工大学獣医学科3年 石山大
 
2004.10.9

 今回僕は 2003 年 7 月から 1 年間に渡ってインターンをしました。 このレポートはそのインターンの報告書を元に書かれています。なので、なんだかお堅い文章になってしまっています。また、具体的にやったことというよりは総論的なものになっています。ご容赦ください!

~インターン制度について~ b1
  今回、僕が行なった 長期インターン制度 は 市民社会創造ファンドという NPO の SSCS ( Small Schools for Civil Society )奨励プログラムによるものです。このプログラムは、大学・大学院やさまざまな場で学ぶ若者が、自発的かつ意欲的に NPO でのインターン活動を行い、社会的な視野と志を持つ「市民社会人」として成長することを願って行っているものです。このプログラムでは、インターンを公募し、学業の傍ら、責任を持って継続的に1年間 NPO 現場で活動するインターンに対し、年間 400 時間を上限に奨励金を助成します。 僕がこの制度に応募したのは、受入れ団体の一つに「 行徳野鳥観察舎友の会」があったからです。
b3
~ 行徳野鳥観察舎友の会について~
 「行徳野鳥観察舎友の会」は、「よみがえれ新浜(しんはま)」を合い言葉に、水鳥をはじめとするいろいろな生きものがすみやすい湿地環境の復元をめざして活動しています。友の会の活動の中心は千葉県市川市の行徳野鳥観察舎と行徳鳥獣保護区です。新浜(しんはま)と呼ばれた日本有数の渡り鳥飛来地の一角に造成された保護区域の自然を守り育てること、観察舎利用者相互の親睦を深め、普及啓蒙をはかることを目的としています。また、観察舎の隣には野鳥病院があり、傷病鳥の救護も行なっています。 2000 年に NPO 法人 になりました。
  僕は鳥の調査などで何度か行徳野鳥観察舎に行ったことがあり、ボランティアもしたことがありました。友の会の活動の柱である保護区の管理、傷病鳥の救護に大変興味があったからです。なので、このインターン制度のことを知ったとき、この活動を身をもって長期間に体験できる良いチャンスだと思い応募しました。

~傷病鳥の救護~ b3
  行徳野鳥観察舎へ行ったとき、最初に興味を示すのは野鳥病院の傷病鳥についてでしょう。なぜなら、観察舎のから保護区を見ても一見鳥がいないように見えるのに対し、いつでも野鳥病院では傷病鳥を間近で見ることができるからです。野鳥病院に来る傷病鳥は行徳を中心に、 様々な理由 で運ばれてきます。 電線に衝突する 例、 親がいるのに巣立ちビナを誘拐してしまう例、エサを取れずに弱っている若鳥を保護する例、犬や猫に襲われた例などが多く、他にも 釣り糸 や違法飼育が原因のものもあります。 しかし 、運ばれてきた鳥のうち約 3 割は死亡、約 3 割は長期収容で、残りの約 4 割だけが放鳥するに至ります。
  僕も最初は傷病鳥の救護に関心を持っていました。しかし、インターンでずっと鳥の世話をしていくうちにある疑問b4が頭をよぎるようになってきました。はたして傷病鳥救護はその種の保護に役立っているのか? 傷病鳥救護は何のためにするのか?(リンクサイト内→動物病院→実態は…) 人間の満足のためか?
  結局のところ、希少種以外は直接的にその種の保護に役立つことは少ないのかもしれません。しかし、傷病鳥が運ばれてくることによって、どんな問題が鳥の世界に起こっているかを知ることができます。その原因の多くは我々人間が関与しています。このことをもっと多くの人に知ってもらい、その原因を取り除くよう努力する必要があると思います。こう考えるようになってから、僕は普及啓蒙や生息地の保護に興味を持ち始めました。だから、控えめだった野鳥病院の掲示を充実させるべく、 新しい掲示 を作製しました。

~生息地の保護~
生息地の保護活動は地味だと思います。その成果が一般の人の目に見えづらいからです。しかし、非常に重要です。夏鳥の繁殖地として、旅鳥の中継地として、冬鳥の越冬地として、保護区は多くの鳥に使われています。 b8
  昔は東京湾全体が広大な湿地帯で、そこを多くの鳥が利用していました。しかし、開発の波によってそのほとんどが失われてしまいました。 残された場所 だけで、以前の環境を補うのは不可能です。行徳鳥獣保護区も、放っておけば一面が芦原になってしまうでしょう。ですので、友の会は人の手を加えて植生を管理しています。手探り状態で始めたこの活動も徐々にですが実を結んでいます。昨年と今年に僕らが一生懸命作業した水面に、今では数が少なくなってしまっている鳥である シギ・チドリ類 が飛来したという話を聞くと、本当に嬉しいです。
  保護区内には日曜祝日に園内観察会で入ることができます。僕も園内観察会の案内をやりましたが、みなさん満足しているようでした。また、同じインターン生である福永さん、 NPO 法人ぱれっと のインターン生である田口さんと共同して「ぱれっと観察会」も行ないました。準備など大変でしたが、障害のある人が楽しんで保護区を周っているのを見て、非常に嬉しかったです。 保護区内の動植物 を通して、友の会が行なっている活動の一端を感じてもらえたら、自然に目を向けるきっかけになってくれれば、と思います。
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~自然保護とNPO~
  市民の自由な社会的活動を後押ししようという特定非営利活動促進法( NPO 法)が成立して 6 年が経ちました。認証数は 1 万 6 千を越え、活動は各地で根付き始めています。こうした NPO 法人だけでなく、任意の市民団体、公益法人なども広義の NPO と言うことがあります。また、 NPO のうち、国際貢献など国家の枠組みを超えて活動する団体を NGO と表現することもあります。 NGO と NPO はそれぞれ、「非政府」と「非営利」をアピールする時代の背景があっただけで、その活動自体は似ているものが多くあります。国連では近年、両者を含む用語として CSO (市民社会組織)を使い始めています。
  これらの NGO や NPO が、引きこもりなどの新しい社会問題、様々な環境問題、機動性が必要な国際援助 etc …今までの行政にはできなかった分野で活動を広げています。とりわけ、人間に直接的な被害が見えにくく、軽視されがちだった自然保護活動に果たす役割は大きいでしょう。資金不足や人材の不足などまだまだ問題はありますが、毎年大小たくさんの NPO ができていて、今後もこの分野において主たる担い手になることと思います。
 先日、 2004 年のノーベル平和賞がケニアの環境活動家、ワンガリ・マータイ氏に授与されました。彼女は自然保護と住民の生活向上を目的に、 NGO 「 グリーンベルト運動」を創設し植林運動を支えてきました。ノーベル平和賞の対象が従来の紛争解決や人権擁護への貢献にとどまらず環境分野にまで広がったことは、それだけ環境問題が世界的に重要だと認識されてきたということを表しています。今回の受賞はアフリカの人だけでなく、 NGO ・ NPO 関係者にも大きな喜びがあったことと思います。

~インターン終わって~
 僕はこのインターンを通して多くのことを学びました。植物の名前、鳥の保定の仕方から自然保護のあり方、 NPO のこと etc …。また、同時に自分に足りないもの、知らなくてはいけないことがたくさんあること、そして自分が今後何をしていきたいかもだんだん分かってきました。
  NPO で仕事をしている人は、自分が今何をすべきかを分かっているのだと思います。確かにきつい仕事だし、給料も少ないのかもしれません。しかし、それにかわる充実感や強い信念があるのでしょう。「やらなかったら絶対後で後悔する。だから自分はやるんだ。」と、ある人は言っていました。僕はこの言葉に非常に感動しました。
  このインターンを通して、僕が「市民社会人」として成長したかどうかは分かりません。しかし、 NPO の活動、 NPO の人たち、インターン同期のみんなに感化されたのは確かです。僕も、より良い社会を目指して活動できれば、と心から思います。 b6

 最後にお世話になった方にこの場を借りてお礼を言いたいと思います。温かく見守ってくれた石原先生、山岡先生、市民社会創造ファンドのみなさま、面倒を見てくれた行徳野鳥観察舎友の会のスタッフ&会員のみなさま、熱い議論を交わしたインターン同期のみんな、インターンを紹介してくれた羽山赤ペン先生、このレポートを書かせてくれた城谷さん、そして、農工大カワウ戦士を始め相談に乗ってくれたみんな、本当にありがとう。

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奄美大島における外来種駆除事業について
伊藤圭子(日大)
 
2004.11.3view

 私は2003年の8月の1ヶ月間、2004年の3月1週間、2004年8月の2週間あまり、奄美大島にある野生生物保護センター(以下センター)で滞在し、奄美大島における外来種ジャワマングースの駆除作業や貴重種保護活動などに参加してきました。
 私が奄美に通うようになったのは、たまたま所属する研究室の先生が私に過去の沖縄・奄美のマングースと座間味島のイタチ(ニホンイタチも沖縄諸島のいくつかの島では外来種です)の人獣共通感染症についてのデータを頂いたところからでした。はじめは興味のある事柄であり、やっているうちに自分自身がもっと知りたいと欲求がでてきました。当時はマングースをやっている、といっても、私自身沖縄から輸送されてきた小さなチューブに入った血清しか見たことがありませんでした。実感などわくはずもありません。マングースは当然ながら見たこともありませんでした。野生動物を扱う研究をしているというのに、みたこともない動物を扱っているというジレンマがありました。自分のフィールドを持ちたい! とにかく見たことない動物扱うなんて納得できない! ということで、うまくセンターの方と知り合うきっかけもあり、結局03年夏休みに現場における外来種対策とはなんぞや、マングースとはどんな動物か、自分の扱っている動物の生息している環境とはどんなものかを知るべく長期滞在することにしました。そこからマングースの採材(採血)という名目をもとに奄美に通うようになっていったのです。 get

~ジャワマングースについて~
 マングースは1979年ころにハブおよびネズミ駆除の目的で奄美の名瀬市という中心街の一地区である赤崎に30頭ほどが放されたという話です。しかし、知っている方も多いと思いますが、「ハブとマングースの戦い」というものは人の作った話であり、実際、ハブは夜行性であり、マングースは昼行性。出会う機会も少なく、わざわざ危険なハブを襲ってまで捕食するよりも、今まで上位捕食者がおらず逃げるすべを知らない在来動物(アマミノクロウサギ、ケナガネズミ、両生爬虫類など)を捕食し、在来動物を圧迫しています。また農作物被害もあり、今となってはマングース導入は失敗ケースとしても有名です。マングースは沖縄本島と奄美大島に外来種として生息しています。
  そして現在、奄美大島では外来種駆除モデルケースとして環境省から委託を受け、外来種ジャワマングースの全頭駆除を目指しています。講習を受けた駆除従事者にはセンターからワナを貸し出し、それぞれに捕獲作業をしています。また農作物被害に対しては、有害駆除も同時に行われています。(04年からは、残念ながら有害駆除における補助金はカットされてしまいました)マングースは世界各地において外来種として問題となっている種であり、また全頭駆除の成功事例のない種です。もしも奄美において全頭駆除が成功したら、初のケースとなるでしょう。

~センターでの駆除事業に参加して~home
 センターでは研究者が宿泊できるような宿泊棟が併設されています。研究者はそこで各自自由に調査・研究を行えるようになっています。私の滞在中にも様々な研究者・調査者がおり(マングースだけでなく、クロウサギ、クモ、鳥類、ウミガメなど)様々な分野でのお話を聞くことができ、ときにはお手伝いをし、とても有意義でした。視点の違う方のお話を聞く機会はなかなかないので、毎晩楽しくも勉強になるお話ばかりでした。また、マングース駆除従事者は各自それぞれ捕獲したマングースは処理(安楽殺)を行いますが、センターでもまた各種調査をしている関係から、捕獲されたままの生体を持ってきてくれる従事者の方、センターに常勤し従事者を統括しつつ自分も駆除事業を行っている方(自然環境研究センター所属)がいます。ワナ設置地点・捕獲地点はすべて地図におとしデータとして残しておき、月ごとにまとめられます。私の場合は採血が目的でもあったため、生体がセンターに来た際はガスによる安楽殺の後、外部計測、そしてすぐに(血が固まってしまう前に)採血を行っていました。

~奄美の裏事情~
 また、奄美における様々な事情も見ることができました。強力な地主の方がワナをかけさせてくれない、ということもあり、他の地域で捕獲、駆除しても捕獲ができない山から新たな個体が再び導入してしまうのです。(駆除従事者さんは「あそこはマングース養殖場 ( 笑 ) 」と言っていました)来年度より外来種に対する新しい法律により強制的に入れるようになるかもしれない、ということです。
  また、奄美ではまだ「自然が儲けになる」という図式はほとんど出来ていません。いまだトンネルや道路を作った方が儲けになる世界なのです。仕事がなく、土建業が多くを占めています。そのため、奄美に来る度にどこかで工事をしていたり、トンネルを作っていたり、大きな伐採がされていたり、最初に持っていたイメージとは全く違った光景が沢山ありました。マングースがいなくなる前に、クロウサギが生きていける環境がなくなってしまわないためにも、この状況を早くかえていかなければなりません(どこの地域においてもいえる事だと思いますが…)。私が03年に滞在して、次のo春には一つの大きな山がなくなっていました。04年夏にはもう一つ伐採が行われていました。来る度にこうして自然が消えていくのはとても悲しいことです。
  そして、マングースは捕獲効果により個体数が減り、捕獲効率が下がってくると、従事者の努力量も気力も低下してきてしまいます。奄美のマングースははじめ30頭ほどが放されたという話です。それが最大で約1万まで増えたことを考えると、ここで努力の手を緩めてはならないのです。現在は数千(5000ほどという見積もり)のレベルまで下がっているという予想がされています。

~様々な調査に参加して~kurousagi
 マングースの影響について研究している方のお手伝いをさせていただきました(03夏、04春)。夜に林道を車で走り、出てくる動物をカウントする作業(マングースの高密度生息地域から低密度生息地域にかけての動物相の差異を調べる調査)は、クロウサギをはじめ、アマミヤマシギ、イシカワガエルなども見れて楽しい作業でした。ウサギの糞のカウント(個体数の推測)や、土壌昆虫のワナ(ピットホールトラップ)をしかける作業もお手伝いしました。基本的にフィールドワークが好きな私にはこうしたお手伝いは喜んでやってしまうもので、結果としてマングースによると思われるamami-sigi影響がみられると、重みが増すものがありました。
  03年の夏は、クロウサギの研究をされている方のお手伝いをしました。自動撮影装置と、巣穴に温度センサーを仕掛ける作業が主でしたが、クロウサギの巣穴や、獣道、排泄して間もない新しい糞を見たりと、「ここにいる」というウサギの存在を感じました。外来種対策にも熱心な方で様々なお話を聞く事ができ、大変有意義でした。(後にかなり有名な研究者だと知り驚きました)お手伝いした調査の結果が先日の哺乳類学会で発表されており、貢献をできたという満足感も得ました。
  04年春は、奄美野鳥の会が毎年行っているオオトラツグミの一斉カウント調査に、参加させていただきました。オオトラツグミは夜明けに囀ります。100人体制で、奄美の全島において、二人組みで2キロのコースを往復し囀りの聞こえた方向を地図に落とします。オオトラツグミは夜明け前に囀り始めます。空が白み他の鳥たちが一斉に囀り始めると、聞こえなくなります。調査結果は去年と特に変化がなく、あと100羽前後しかいませんが維持はできていると安心しました。

~皆さんはどう思いますか?~
 03年の夏、クロウサギの調査に参加させてもらっている最中、一匹の子猫に出会いました。調査期間中は山奥のログハウスに宿泊し生活をしていましたが、人里から離れており、またクロウサギの生息地でもあり、そしてその猫の人なれ具合から捨てられたのではないかと思いました。nonekoノネコ問題は沖縄だけでなく、奄美においても同様深刻な問題です。ノイヌやノネコがクロウサギを襲っていることも事実です。このまま放っておけば、外来種問題を扱っている私自身が外来種を作ってしまう。かといって、私はそのネコを絞め殺す勇気もない。とても悩みました。結局私はその子を拾い、神奈川までつれて帰り里親を見つけることに決めました。しかし、もしあの時1匹ではなく複数匹いたら状況は違っていたでしょう。私が手におえるぎりぎりでしたし、きりがない問題です。誰もが私を甘いというでしょう。私がつれて帰るという選択をしたことは正しかったのかどうか、今でも悩んでいます。周りにも賛否両論様々な意見を言われもしました。しかし、一匹でも命の運命が私の手で変わったのは確かなのかもしれません。その後そのネコは無事里親が見つかりました。またそういった捨てネコに出会ったら…私はどうするのでしょう。どうするのが最善なのでしょうか。皆さんにも考えて欲しい問題です。

~傷病鳥獣に関して~
 奄美には動物病院は一件しかなく、委託されて受け入れてはいるものの基本的には野生動物の受け入れはしたくない(というよりも傷病であれば治療はしても衰弱など治療外のものを受け入れる余裕がない)という実情があります。病院の方は奄美の野生動物保護活動にはとても熱心な方でもあります。私の滞在中にもいくつかの鳥が保護されてきました。センターにおいても、病院においてもリハビリケージや収容できる場所に限りがあり(04春にはスタッフお手製のフライングケージができていました)傷病鳥獣救護体制に関してももっと充実を!という切なる声がありました。貴重種の多く生息する奄美において、とても重要な問題ではないでしょうか。

~最後に~
 実際こうしたレポートを書くことで、奄美の自然豊かなイメージが随分変わってしまうかも知れません。もちろんまだまだ豊かな自然は多くあり、多くの野生動物が生息し、すばらしい場所ではあります。ある調査のお手伝いで来られていた奄美初上陸の方は、「奄美がこんなに素晴らしい島だとは思わなかった!大好きになった!」と感動されていました。その方は山の中に突然ある伐採や、数多くのトンネル工事を見ていません。私は素直にうなずくことはできませんでした。
  裏側を見ることができたのはとても大きなことでした。そして、やっぱり奄美が好きだからこそ、私は何度も通っているのでしょう。
  また、自分の手でマングースを殺すことで、死んでいく姿を間近に見つめ、自分のやっていることへの重さ、外来種としてのマングースが悪いわけではなく、人が犯した罪は人がもう犯さないように、今自分たちがやらねばならないことをとても重く感じました。安楽殺といっても、それは人から見て安楽であって、実際は短時間なりとも苦しいのかもしれません。それはマングースに聞いてみないとわからないことですが…。命の重さを考えさせられる体験でした。
  また、同じく外来種であるクマネズミが、マングースという捕食者が減ることで増え、マングース駆除が逆の効果をもたらしてしまうといった可能性も指摘されています。外来種駆除といっても、本当に難しいことだと考えさせられました。外来種対策はまず外来種を作らないことに限る、と実感します。

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~野生動物医学会第十二回国際シンポジウム・学生部会活動に参加して~
帝京科学大学 1年 新井 景
2006年11月30日

 私がこの野生動物医学会に初めて出逢ったのは、自分の大学のサークル発表会の日でした。
入学して間もない自分が支部長さんからじかに話を聞いて自分のやりたい事はここにある!!と思ったことを鮮明に覚えています。それから9/1~9/4までSSCの座学コースに参加し、とても楽しくそして勉強になりました。シンポジウムの前日までの間、メール上でしか知らない人達に出会う事、自分のまだ見ぬ世界に胸を躍らせていました。

9月25日
  1時からの学生部会会議会場の入り口でたまたまSSCで一緒だった方がいらしたので、ひとまずホッとしました。会場内では私の知らない面々が会議の準備をしていました。私は自分の知らない何かが動いていると直感的に感じました。
受付を済ますと、会場の先輩から
「今日、帝科の支部長さん来れないようなので支部長代理って事でお願いします。」
ということになりました。ここまでは支部長の先輩に頼まれていたことなので覚悟はしていました。そういうわけで私は帝科大の支部長代理として会議に参加したのですが、会議が始まってしばらくすると自分は話しについていけなくなりました。それもそのはず、一年生で経緯も知らずに参加したわけですから(汗)会議は4時間程続き内容を後から先輩に聞くなどして何とか理解することができました。そしてすべてが終わった頃にはもうくたくたになっていました(笑)
  その後OP:COEシンポジウム「クマ・ワシの生態と生息環境評価」に参加し、自分の持っている知識を総動員して話しについていきました。そのシンポジウムを聞いて自分としてはとても楽しく様々な事を吸収することができました。シンポジウムの終了後SSCで仲良くなった友人と合流し岐阜大学の合宿所へバスで向かいました。岐阜大学の合宿所では自分の知らない面々がたくさんいて、名刺交換などをし交流を深めました。そして懇親会が始まり、参加していた面々と情報交換や話しをしていたらあっという間に一日が過ぎてしまいました。

9月26日
  二日目、眠気顔(!)で一般講演へ向かいました。午前中の一般講演はツシマヤマネコやライチョウなど貴重種保全と関わりのあるものもあり自分としては興味のあったものもありましたが、生理学、獣医学的なものもあって自分には理解できないこともありました。
午後の公開シンポジウム1では、『遺体科学』という学問についてやりました。自分には知らないことが多くあり、それについては知識が足りないと痛感しました。
続いて公開シンポジウム2です。自分としては「待ってました!!」って感じでした。なぜなら貴重種保全についてのシンポジウムだからです。楽しく聞いているうちにこの日のシンポジウムは終わってしまいました。
  その後懇親会会場に移動し、先生方のお話を頂き懇親会は始まりました。私は、はじめその場の高級ホテルの雰囲気や食事の豪華さにたじろいでしまいました。
そして立食パーティーと言うものも初めて経験しました。最も自分は色々な方と話す事に夢中でせっかくの料理を食べ逃してしまいましたが。。。
あ~もったいない(泣)
  懇親会も終了し合宿所に戻ると二次会の始まりです。前日よりもかなり多くの方々がいたので話も弾みました。

9月27日
  三日目午前中「傷病鳥獣救護とモニタリング」というテーマでそれに関連したシンポジウムが行われ、お昼には学生部会総会があり、その中では各大学の支部長の紹介、交代などを行いその後、学生部会自由集会があり野生動物と関わっている先輩方の貴重なお話をいただきました。自分としてはとても参考になり参加してよかったと思っています。
  その日もまた人と語らい、楽しみました。そしてこの日から少しずつ人が減っていき始めました。

9月28日
  岐阜大会もいよいよ最終日となり、シンポジウム終了後多くの方が帰りました。
その日合宿所に宿泊するメンバーは初日から比べるととても寂しい状態になってしまいました。

最後に、私はこの大会に参加してこんなことを思いました。

国際シンポジウムであったため、もちろん英語で発表している方もいたわけです。
有名な先生方と英語で話したい、翻訳機に頼らず自分の耳で聞き取れるようになりたい。
あいにく自分は勉強不足なので翻訳機に頼らないと聞くことができませんでしたね。残念。
それと同時にこの野生動物医学会のような各国の野生動物に関する研究の第一人者たちが集まり、世界の人々と交流できるスケールの大きな場所で自分の研究を発表できたらいいな。と密かに思いました。不思議なもので、一週間前には全然会ったことのない他人だった人達が学会が終わる頃には長い時間を過ごした仲間のようになっていました。
また懇親会では有名な先生方がたくさんいて様々な先生方と話すことができとても光栄に思いました。
  こんな有名な先生方と話が出来る場所がほかにあるでしょうか??
  いえ野生動物医学会のほかにこんな場所はありません。少なくとも私はそう思います。
私はこの中のメンバーの一員であることをとても誇りに思います。これからも僕は積極的にこの野生動物医学会に関わっていきたいと思いました。

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▼ベッコウトンボ定量調査会参加レポート
岐阜大学応用生物科学部生産環境科学課程3年 山本紘之

2009年5月10日bekkou
補足PDFファイルもあわせてご覧ください

 2009年5月3日に、静岡県磐田市桶ヶ谷沼にて、毎年おこなわれているベッコウトンボの定量調査が開かれました。今回生物部OBとして参加してきましたので、調査の様子とベッコウトンボ保護への取り組みなどをまとめます。
 私は以前、磐田南高校生物部に所属しており、桶ヶ谷沼で絶滅危惧Ⅰ類に指定されているベッコウトンボの保護研究をしていました。桶ヶ谷沼はベッコウトンボをはじめとして67種ものトンボが確認され、県内ではトンボ種数の2/3、全国で見ると1/3を2占める、トンボの楽園とも言える全国有数の沼です。しかしここ近年では、アメリカザリガニの繁殖による環境の悪化や直接捕食などにより、トンボの数が激減。特に1999年には、定量調査でベッコウトンボが47頭しか確認されないという結果にまで落ち込みました。この危機を受けて、我々の先輩はベッコウトンボの絶滅を危惧し、保護の研究を開始したという経緯があります。
 現在ベッコウトンボの保護活動には、野路会と桶ヶ谷沼を考える会(NPO)、磐田南高校生物部、磐田市、一般市民などが協力し、沼の環境復元や、ベッコウトンボの研究、ザリガニの駆除などに継続的に取り組んでいます。3
 ベッコウトンボの定量調査は野路会と桶ヶ谷沼を考える会主体で開かれる調査で、今年も100人を超える一般の方の参加がありました。調査自体は、決められた区域の中でベッコウトンボが何匹いるかをカウントするという比較的簡単なものなので、中学生から参加されている方も多く、良い経験の場になっています。
 まず私たちは広場に集まり、桶ヶ谷沼ビジターセンター長の細田さん、桶ヶ谷沼を考える会で現磐田南高校生物部顧問の福井さんの説明を聞きました。市民の方が熱心にお話を聞いています。4
ベッコウトンボはメス成熟個体がべっ甲色の体色をしているトンボで、羽の先にくさび型の黒い模様があるのが特徴です。昔は沼本体から多数のベッコウが羽化し、産卵していましたが、現在では沼本体からの羽化は観察されず、沼に隣接して設けられたコンテナ群(ベッコウトンボの仮設住宅)などからの羽化が主になっています。
 私は生物部OBとともにEの5担当になり、1時間ほどベッコウトンボのカウントをしました。コンテナ上に陣取っているオス成熟個体の写真です。大型のコンテナに、抽水植物を上手く配置することで、ベッコウトンボの産卵を誘致でき、幼虫の管理を容易にできます。ザリガニによる捕食の心配もありません。私が現役のころに比べると、コンテナ群で見られるベッコウトンボは少なくなりましたが、それでもきちんと仮設住宅として機能しているコンテナ群です。Eからは、計13匹のベッコウトンボが観察されました。6
コンテナ群で見られる個体は少なくなりましたが、その分、人が手を入れて整備した沼北(Fの場所)で多くの個体が観察されました。メスも飛来して、オスとの交尾もみられたため、おそらく産卵もおこなわれているようです。「沼本体の改善」に向けて多くの人が協力して進める、大きな一歩を感じました。管理が続き、幼虫がアメリカザリガニに捕食されないことを切に願います。7
 調査の結果は、110匹でした。まだまだ本来の個体数には程遠い結果となりましたが、絶滅することなく生存しているのは、数多くの人の保護への取り組みがあったためです。コンテナ群での保護から、沼本体の環境改善に着実に移行している様は、保護にかかわる方の熱意が表れているような気がして、とてもうれしい気持ちになりました。まだ楽観視できない状況ですが、今後もNPO、行政、市民が一体となった保護が継続し、桶ヶ谷沼がトンボの楽園と再び呼ばれる時が来ることを願っています。

 磐田市桶ヶ谷沼ビジターセンターでは、桶ヶ谷沼の環境保全のために、さまざまなイベントを開催しています。例えば、夏に開かれる「ザリガニ釣り大会」や、各種観察会などが定期的に開かれ、多くの方が参加しています。興味をもたれた方は、これを機に参加してみてはどうでしょうか?   5月6日 山本紘之

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国際ワークショップに参加して
日本獣医生命科学大学 獣医保健看護学科 黒田ゆうび

2009年4月10日

 2月27日に「学生のための野生動物救護国際ワークショップ」に参加しました。report12-1
 午前と午後の部に分かれており、午前は水鳥の油汚染の救護活動で活躍されているMr. Curt ClumpnerとMs. Barbara Callahanによる実演を含めた講演でした。
 私は油汚染の被害を受けた鳥の救護について何も知識が無かったのですが、救護活動をする上での大切なことが何なのかを知ることが出来ました。一度に大量の鳥たちが油まみれになってしまっても一羽一羽に100%の力を注いで、なおかつ迅速に対処していくことは容易なことではないけど、それを実際にやっているのは本当に素晴らしいと感じました。report12-2
 実演では死亡個体を使って、その鳥が油まみれになっていると想定し、洗浄のステップの簡単な説明を受けました。 午後の部ではさらに齋藤慶輔先生、野村亮さん、渡辺優子さんから、それぞれの立場から考える野生救護の活動についてお聞きすることができました。
 野生動物救護は「野生復帰させる」ことが目的で、そのために治療やリハビリ、環境の改善があり、個体を守ることがひいては生息環境の保護となることを改めて学びました。report12-3復帰させるのにも単に放していいわけではなく、自然の条件を満たしていることが大事で、その条件を知るには生態を知らなければなりません。目の前の個体だけを助ける、環境だけを改善する、ではなく、野生動物救護にはそれら全部をリンクさせ、様々な方面からの協力を得ながら行っていくものなんだ、と思いました。 講演会のあとはメインであるワークショップが行われ、参加者の考えや講演の感想を聞くことができ、とても有意義な時間を過ごせました。

 

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公立動物園の受難とその将来
日本大学生物資源科学部獣医学科 鈴木裕

2006年12月

こんにちは。日大支部の鈴木です。report11-1
大変遅くなりましたが、2006年11月9日に行われた講座「公立動物園の受難とその将来」についての報告をさせていただきます。
今回の講座では、よこはま動物園ズーラシア・繁殖センターの森角興起さんに講演していただきました。
内容は公立動物園が置かれている現状を、話題の「指定管理者制度」、又その他の法律のお話を絡めて説明していただきました。
『法律・制度』に関する勉強は普段ついつい手を抜きがちで、勉強をしようと思っても独学ではなかなか手をつけづらくわかりづらいものです。

アンケートに寄せられた感想 report11-2
以下、アンケートに寄せられた講演への感想を一部ですが紹介します。
■動物園の運営については分からないことが多かったのですが、この講座でより理解することが出来ました。ありがとうございました。
■自分ではなかなか積極的に勉強しない法律の話から、他ではあまり聞けない動物園の現状・問題点まで、具体例を交えた分かりやすい説明でよく理解することが出来ました。ありがとうございました。
■今、進路を考える上で現在の動物園の位置づけや状況を知りたかったので、タイムリーな話題が伺えてよかった。森角さん、ありがとうございました!
■今までなんとなくしか理解できなかった「指定管理者制度」が明確に分かり、とても勉強になりました。問題点があることも知り、これからよく考えていきたいと思います。難しい内容を分かりやすく話していただき、ありがとうございました。
■森角さんは眠くなるとおっしゃっていましたが、他の講演会で聞けない、しかも冊子などを読んでも良く分からなかった内容をとても分かりやすく話してくださって、来て良かったと思いました。ありがとうございました。とても楽しかったです。report11-3
■公立動物園の管理のしかたが変更されたことを全く知らなかったので、とてもためになりました。学芸員課程をとっていて、動物園で働くことも考えているので勉強になりました。ありがとうございました。
■動物園の動物の保護や研究といった役割が軽視され、動物園が娯楽施設化しているという話は新聞で読んだことがあったが、その裏に法律上の問題などの思ったより複雑な問題があることを知ることが出来た。それと、動物園を単なる娯楽施設だと思っている人はかなり多いと思うので、こういった講演は有意義なものだと思う。
■直営管理でなくなることの問題点を知ることが出来た。指定管理のどこが悪い!?と思っていた部類の人間だったので。今回の講演を聞いて考えが変わった。動物園の今後が不安になりました。主旨が変わってしまいそうで・・・
■HPを見てもいまいち理解できなかった小難しいところが良く分かり、とても勉強になりました。ありがとうございました!
■公立と私立との違いや運営上の問題点等について大変詳しく説明していただき、ありがとうございました。とてもわかりやすかったです。

講演を終えてreport11-4
講演者の思いを知っていただき、またそれぞれに動物園に関する問題意識を抱いていただき、やって良かったなと思います。
今回は近郊の大学からも参加していただき、皆さんありがとうございました。
また講座等を開く時はML等でお知らせしますので、参加してみてください。
そして皆さまの大学での活動にも是非参加させてください。

皆さん、ご協力ありがとうございました。(日大支部 鈴木裕)


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学生部会HPにあなたの活動を載せてみませんか?

今、学生部会HPではHPのレポートのページに掲載するレポートを募集しています。
"活動レポート"というと、何か堅苦しくて大げさに聞こえるかもしれません。
ですが、どんな内容でもOKです。
学生が野生動物のことを考えて行動することは、立派な”活動”です。
自分自身が活動し体験したことをホームページを通して全国へ発信しませんか。
メモ帳(拡張子.txt)もしくはワード形式(.doc)で保存し、活動の様子がわかる数枚の写真を添付してHP管理人へメールを送信してください。